「不動産を相続前に売却したい」と考える場面は、空き家化や介護、遺産分割の不安など理由がさまざまです。
ただし「相続前」が生前なのか、相続開始後で遺産分割前なのかで、売れる人と手続きが大きく変わります。
さらに売却できても、税金の特例や期限を外すと手取りが大きく減ることがあります。
ここでは、相続前売却の可否、メリットとデメリット、税金、実務の流れを一つずつ整理します。
不動産を相続前に売却するのは可能?
生前なら原則として所有者本人が売却できます。
一方で相続開始後は相続人の共有状態になり、全員の合意や相続登記が要点になります。
売却の成否は「誰が売主として署名できるか」を先に確定するのが近道です。
生前なら所有者が売却できる
不動産の売却は、登記名義上の所有者が売主となって契約し、決済で所有権移転登記を行うのが原則です。
つまり被相続人が存命のうちは、本人が意思表示できるなら「相続前に売却」は通常の売却として進められます。
この段階では相続手続きの制約よりも、売却価格、住み替え、税金の最適化を優先して設計できます。
- 売主は所有者本人
- 買主への移転登記は売買決済で実行
- 相続登記はまだ発生しない
- 譲渡所得税の特例を検討できる
相続開始後は相続人の共有になり売り方が変わる
相続が開始すると、遺産分割が終わるまで相続財産は相続人の共有になる扱いが基本です。
共有不動産の処分にあたる売却は、原則として共有者全員の同意が必要になります。
したがって相続開始後に売るなら、全相続人の合意形成と売主の署名体制を整えることが最重要です。
| タイミング | 売却の基本構造 |
|---|---|
| 生前 | 所有者が単独で売主になれる |
| 相続開始後・遺産分割前 | 相続人全員の合意が前提になりやすい |
| 遺言で売却権限を設計 | 遺言執行者や遺贈の内容で動きが変わる |
名義が被相続人のままだと売却で詰まりやすい
相続開始後の不動産は、売買で買主へ名義を移す前に、相続による名義変更を挟むのが通常です。
被相続人名義のままでは売主の登記名義が整わず、決済で買主へ移転できないためです。
また相続登記は令和6年4月1日から申請義務化され、一定の期限内の申請が求められます。
売却しても相続税の対象が消えるとは限らない
生前に不動産を売って現金化しても、その現金が死亡時点で残っていれば相続財産として扱われます。
つまり「不動産を売ったから相続税がなくなる」とは単純には言えません。
一方で現金化により分けやすくなり、遺産分割協議のストレスが下がる効果は期待できます。
| 観点 | 変わる点 | 変わらない点 |
|---|---|---|
| 遺産分割 | 現金で分けやすい | 相続人の合意は必要 |
| 税金 | 譲渡所得税が発生し得る | 現金が残れば相続財産になり得る |
| 管理負担 | 固定資産税や修繕の不安が減る | 売却までの管理は必要 |
相続前売却が向くケース
「相続前に売却」を検討する価値が高いのは、相続後の手間や争いが見えやすい家庭です。
特に空き家化や遠方物件は、相続人が管理できず放置リスクが上がります。
先に売ることで、分割の設計がしやすくなる場合があります。
- 相続人が複数で意見が割れそう
- 空き家で維持費が先に出ていく
- 遠方で管理と内覧対応が困難
- 共有持分が残ると身動きが取れない
相続前売却が危ないケース
売却が最適解に見えても、状況によっては損失やトラブルが増えることがあります。
代表例は、本人の意思能力、同居家族の住まい、税制の特例要件を満たさないまま進めるケースです。
着手前に「止まる原因」を表にして潰すと失敗が減ります。
| 危ない要因 | 起きやすい問題 | 先回りの対策 |
|---|---|---|
| 意思能力の不安 | 契約無効リスク | 早期の専門家相談 |
| 居住の継続 | 住み替えの遅延 | 引渡し時期を調整 |
| 特例要件外 | 税負担が増える | 控除や期限を事前確認 |
急ぐときの現実的な進め方
相続前売却は、感情と実務が絡むため、段取りを小さく切るほど進みます。
最初に権限と名義を確認し、次に税制の選択肢を押さえ、最後に売却戦略を決めます。
順序を間違えると、動いたのに売れない状態になりやすいです。
- 登記名義人と共有者の確認
- 遺言や家族方針の確認
- 税金の特例候補を整理
- 査定で相場観を作る
- 売却時期と引渡し条件を決める
相続前に売却するメリットが大きいケース
相続前売却の価値は、家族の揉めやすさと物件の管理負担が高いほど上がります。
ここでは、判断材料として使いやすい典型パターンを整理します。
遺産分割で揉めそうなとき
不動産が遺産の大部分を占める家庭ほど、誰が住むか、誰がいくら受け取るかで衝突しがちです。
先に売って現金化できれば、法定相続分や合意に沿って分配しやすくなります。
ただし相続開始後に売る場合は全員合意が前提になりやすい点は同じです。
- 相続人の人数が多い
- 同居と別居が混在している
- 過去の援助や介護負担で不公平感がある
- 共有のまま残すと将来さらに複雑化する
空き家化して維持費が重いとき
住まない家でも、固定資産税、火災保険、草木の管理、修繕は継続します。
空き家期間が長いほど、雨漏りや設備劣化で売却費用が増えやすいです。
「管理コストと売却益」のバランスで早めに判断するのが合理的です。
| 維持コスト | 発生しやすい内容 |
|---|---|
| 税金 | 固定資産税・都市計画税 |
| 保険 | 火災保険の継続 |
| 管理 | 草木・通水・近隣対応 |
| 修繕 | 雨漏り・外壁・設備劣化 |
遠方で現地対応ができないとき
相続人が遠方に住むと、内覧立会いや修繕の手配がストレスになります。
放置すると近隣トラブルや資産価値の毀損につながりやすいです。
売却するなら、管理委託や買取も含めて「手間の最小化」で組み立てると進みます。
- 売却前の管理委託を検討する
- 内覧対応の代行可否を確認する
- 仲介と買取の差を数字で比較する
- 決済日までの鍵と書類の動線を作る
共有持分が残るのを避けたいとき
相続で共有名義になると、将来の売却や賃貸の意思決定で全員の合意が必要になりやすいです。
時間が経つほど相続人が増え、連絡が取れない人が出るリスクも上がります。
「共有を作らない」発想で生前に処分するのは、長期の争い予防になります。
| 共有の将来リスク | 困りやすい場面 |
|---|---|
| 売却 | 反対者が1人でもいると止まりやすい |
| 賃貸 | 修繕や契約条件で揉めやすい |
| 次の相続 | 権利関係が雪だるま式に増える |
相続前に売却するデメリットと家族の合意形成
相続前売却は便利ですが、税金と感情の両方に落とし穴があります。
売却判断を家族の納得に変えるには、論点を分解して説明することが大切です。
売却益には譲渡所得税がかかる
不動産を売って利益が出ると、譲渡所得として課税される可能性があります。
税率は所有期間などで変わり、特例を使えるかで手取りが大きく変わります。
税制の全体像は国税庁の譲渡所得の解説や特例の要件を必ず当てて確認します。
| 項目 | 要点 | 根拠 |
|---|---|---|
| 居住用3,000万円控除 | 居住用財産の譲渡益から最大3,000万円控除 | 国税庁 |
| 過去に住んでいた家 | 一定要件で居住用控除の対象 | 国税庁 |
| 相続空き家控除 | 一定要件で譲渡益から控除 | 国税庁 |
意思能力の不安があると契約が危うい
売主本人の意思能力が不十分だと、契約の有効性が争点になりやすくなります。
特に認知症が進行してからだと、成年後見など別ルートが必要になり時間も費用も増えます。
少しでも不安があるなら、医療と法律の両面で早めに相談する方が安全です。
- 本人の意思確認を丁寧に残す
- 親族間の同意を書面で残す
- 専門家への事前相談を挟む
- 緊急時の代替案も用意する
家族の感情と住まいの問題を軽視しない
相続前売却は、家族にとって「思い出の処分」になり心理的抵抗が出ることがあります。
また同居者がいる場合は、住み替えの段取りと引渡し時期が最大の論点になります。
価格の話に入る前に、住まいと気持ちの論点を分けて話すと合意形成が進みます。
- 売却の目的を一文で共有する
- 住み替え先と時期を先に決める
- 形見分けや写真保存など代替策を用意する
- 反対意見は理由を分類して扱う
税金で損しないための特例と期限
相続前売却の成否は、売却価格だけでなく特例の適用可否で決まることが多いです。
「使える特例」と「期限」を先に押さえ、逆算で売却時期を設計します。
居住用3,000万円特別控除の基本
マイホームを売った場合、一定の要件を満たせば譲渡所得から最高3,000万円まで控除できる特例があります。
現在住んでいる家だけでなく、過去に住んでいた家でも条件により適用できるケースがあります。
実務では「誰が住んでいたか」「いつまで住んでいたか」「住まなくなった理由」を整理するのが重要です。
相続空き家3,000万円特別控除の要点
相続や遺贈で取得した「被相続人の居住用財産(空き家)」を一定期間内に売った場合に、譲渡所得から控除できる特例があります。
期限や要件が細かく、相続人が3人以上の場合の上限変更などの注意点も明記されています。
自治体の案内や国交省の制度趣旨も併せて確認し、要件に沿った準備を進めます。
取得費加算の特例で課税を減らす
相続した財産を一定期間内に譲渡した場合、納めた相続税の一部を取得費に加算できる特例があります。
取得費が増えると譲渡所得が減るため、結果として譲渡所得税の負担が下がる可能性があります。
適用条件と計算は制度ページを参照し、相続税申告と売却時期の整合を取ります。
特例は併用できないことがある
居住用3,000万円控除と相続空き家控除など、似た控除でも同時に使えない組み合わせがあります。
またリフォームや取り壊しの要否、共有者の人数、期限などで適用可否が分かれます。
「売ってから調べる」では間に合わないため、売却活動に入る前に要件照合を済ませます。
- 控除候補を一覧化して要件を照合する
- 期限から逆算してスケジュールを作る
- 工事の要否は見積と同時に判断する
- 迷う場合は税務署や税理士へ確認する
手続きの流れと必要書類
相続前売却は、通常の売却手続きに「名義」「同意」「期限」の論点が追加されます。
ここでは生前売却と相続開始後の売却を分けて、詰まりやすいポイントを手順化します。
生前売却の基本ステップ
生前売却は一般的な不動産売却の流れで進みます。
ただし相続を見据えるなら、売却代金の分け方や贈与の扱いまでセットで考えるのが安全です。
家族会議は「売るかどうか」と「売った後どうするか」を分けると合意が取りやすくなります。
- 査定で相場と売り方を把握する
- 媒介契約を決めて販売を開始する
- 買付と条件交渉を整理する
- 契約と決済で移転登記を行う
- 特例適用のため証憑を保管する
相続開始後に売る場合のステップ
相続開始後は、相続人の共有や全員合意の論点が強くなります。
遺産分割前に売る場合も、相続人全員の同意が必要になるという整理が一般的です。
相続登記の義務化も踏まえ、名義の整備を先に進めることが現実的です。
不動産会社選びは相続案件の経験で差が出る
相続前後の売却は、書類や関係者が増えるため、相続案件に慣れている担当者かどうかで速度が変わります。
査定額の高さだけで選ぶと、手続き面の詰まりで失速することがあります。
媒介契約前に、誰の署名で進めるか、決済までのスケジュール感を確認すると安心です。
- 相続案件の取り扱い実績を確認する
- 必要書類のリスト提示ができるかを見る
- 買取と仲介の両方を比較できるか確認する
- 連絡が取れない相続人への配慮を相談する
確定申告と証憑の整理で特例適用を守る
譲渡所得の特例は、確定申告での手続きや添付書類が前提になるものがあります。
また相続登記などの登録免許税や免税措置に該当するケースもあり、費用設計に影響します。
「何をいつまでに用意するか」を表で管理すると抜け漏れが減ります。
相続前に売却を判断するときの要点
不動産の相続前売却は、生前か相続開始後かで売却主体と必要な同意が変わります。
生前に売るなら、本人の意思能力と住み替えの設計を最優先にして、税制の特例を逆算で確認します。
相続開始後に売るなら、相続人全員の合意、相続登記、期限管理をセットで進めることが現実的です。
迷ったら「誰が売主として署名できるか」「どの特例を狙うか」「いつまでに何が要るか」の3点から整理すると結論が出しやすくなります。

